ハルの主張

このところ、ハルが主張するようになった。いつもの小公園の後、通りに出ると、「こっちに行こう」というように、目を見張り、リードを引っ張って動かない。平坦なマンション廻りの定番コースではなく、必ず反対の上り坂のあるJ緑地方向へと行きたがるのだ。何回かに一回はいうことを聞いてあげるが、それでも「今日はこっちにしよう」というと、仕方なくか、付き合ってくれる。それでもしばらくして交番のある小六つ角に出ると、今度は数回に一回ではあるが、例によって目をじっと見つめて、違う方向へと主張するのだ。周りには犬の姿などは何処にも見当たらない。「そうか、じゃ君の言う通りにしよう」と、今日はその後ハルの歩きたがる道を行くことにした。大通りへ出ても、じっと信号を待って目的(?)に向かって渡ろうとする。たまに訪れるマンションに囲われたY公園にさしかかった。ここは子供たちが良くボール遊びをしているせいか、きちんと芝生が刈りこまれているせいか、ハルはあまり好みではなさそうである。どちらかというと、静かで、余り手入れが行き届いていない茂みの方が得意ではある。

それでもクンクンとにおいをかぎながらストレスを発散させている。見知らぬブルドッグに吠えられたり、大きなスパニエルにほおずりされたりして、結構楽しそうだ。あちこちハルに引っ張られながら帰路に着いたとき、歩行計は一万歩を超えていた。こちらも少々疲れたが、ハルも満足したようである。

30年前の竣工時以来、隣のビルで隠れていたわが作品の幻のファサードが、隣家の解体で姿を現しました。しばらくするとまた隠れてしまいます。福岡市都市景観賞、日本建築家協会25年賞の受賞作品でした。

安易な解決方法

折角の散歩道がダメになってしまった。開放一、二か月余りで、Sマンション群の間を抜ける歩道の入り口に看板が立ったのだ。「ここは私有地です。以下ご遠慮ください。と、犬の散歩、ポイ捨てタバコ、スケートボードの禁止のマーク」。開通後も、通りにくそうなので余り利用はしていなかったが、くねくね曲がり、ステップもある歩道橋を人の通り抜けだけならば意味がなかろう。Sマンション計画の一棟目以外の近隣工事説明会は、我が家は直接の隣地ではないので案内が来なかった。したがい、住区の住民の通り抜け利用など、どういう打ち合わせがあったかは定かではない。ただマンションの住人から人づてに散歩道が出来るということを聞いていたのだ。マンションの住人からの要望なのか、通行人のマナーなのか、変更の理由はわからないが、当市でも指折りの住宅地域といわれるこのH地区でもこれぐらいの行動方法しかないのであろうか。ハルを初め愛犬家のためにも、もっといろいろな解決策があるだろう。

いずれにせよ、看板を立てて拒絶するだけでは、余りにも安易な解決方法とは言えないだろうか。コミュニティ・アーキテクトとしては、何らかの方法を探らねばと思い、当時の工事説明会担当者に連絡を試みたが、つながらなかった。このままでは、歩道沿いの道端の春の花は見られないかも。

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自販機

いつもの朝早い時間の散歩を少し遅く出た。ハルはもうきちんと座って出掛けるのを待っている。明け方の世の中の動きはすでに始まっていた。通りがかりの歩道の自販機の前で、作業員の青年が自販機に新たに詰替えをやっている光景に出くわした。六,七箱のボックスを開け、缶やボトルをてきぱきと詰替えている。時間との勝負のようにも見えるくらいすばやいスピードだ。そして、空き缶だけを歩道沿いに止めたトラックの天井部を開け、放り込んでいる。後で数えてみると、一つの自販機だけで三十六もの種類の飲料缶やペットボトルが配置されていた。利用するとき、間違わないで指定した缶が出てくるのもすごいが、みんな彼らのおかげである。そういえば、五十年前ニューヨークに暮らしていた時、スーパーでは一、二種類のタオルが売られており、必要に応じて短くカットしたりして使い分けていたのだが、当時でも里帰りした日本では、タオルが手拭用、キッチン用、入浴用等と細かく分かれていてびっくりしたことがある。便利なようだが、かえって応用力がつかなくなるのではないかと危惧したことを思い出した。もちろん、便利か、不便か、自販機なるものは一つもなかった。

朝のいつもの一キロメートル弱の散歩ルート沿いだけでも四か所の自販機置き場がある。散歩の帰り道、大きな車の音がしたのでふと後ろを振り返ると、先程のトラックが高齢者マンションに入っていくではないか。まさか、この施設に・・・。でも今の老人は・・・。現代では、コンビニと同様、町の風景の一つである。もちろん、コンビニや交番のそばにはなかったけれども。

樹木のぬくもり

寒空の中の木々の姿は、葉をおい茂らせた季節の姿と変わり、躯体をはっきり見せる。幹から枝へほっそりとすっきりしたもの、見事に均整がとれてうっとりするもの、曲がりくねってよじれた形のもの、いろいろであり、木の性格をよく表わしていると思う。冬でも多少葉をつけている常緑樹と違い、落葉樹は全くの裸である。寒風の中で枝を揺らせながら立ちすくむのを見れば、凍えるのではないかと思い、しとしとと降る雨の下の木は冷たくないのかなといとおしくも思える。木々たちは、本当はどうかなと手で触ってみた。表面上はざらざらと見える幹も、肌触りは柔らかく温かみを感じるのだ。「どの木でもそうなのかな」と、公園や通りのあちこちに植えられてある太い幹や細い木などに、立ち止まって触ってみた。いつもの散歩とは逆に、ハルが今日は自分に付き合ってじっと待っていてくれている。表面が温かいのは、中に水分を含んでいるためであろうか、風に擦られるのかごつごつと乙面に見える幹の皮の表面は意外と滑らかで、外部の表情から感じ取れるものとはずいぶん違うようだ。こうやって、冬を越し、春を迎えるのであろう。傍に立つ無愛想なコンクリートの電柱や、信号灯の鉄柱の冷たさとは大違いである。

オルターナティブなルート

新しい散歩道の通り初めの翌日、日曜日は朝から小雨が降っていた。ハルは雨が嫌いだ。カッパを着せてやろうとすると、嫌がる。自分だけ朝食を済ませ、ハルには「君は帰ってから朝ごはんだよ」と説得し、用足し兼散歩に出かけた。いつもの小公園に寄ったのち、表通りから昨日の遊歩道に入った。人影もなく、小雨が降っているせいかまた違った印象の遊歩道に見える。ちなみに、道路の仕上がり良し悪しの状態は小雨の時にチェックするのが一番良い。水たまりの出来る個所などが一目でわかるのだ。フェンスで囲われた五棟目のマンションの基礎工事の様子も太鼓橋から手に取るように見え、現場所長さんの手腕が垣間見える。一周全長一キロメートル近くだった毎朝の決まった散歩ルートも、これからは真ん中を抜けて迂回する八の字型のルートや、雨や疲れた時散歩を半分の距離で切り上げることも出来る、いろいろオルタ―ナティブなルートの散歩が出来そうである。

完成したばかりの歩道沿いの植栽の状態は、今は冬で樹木もじっと我慢をし、草木の根っこも土の中に閉じこもっている。そのうち、春になれば小路脇の樹木の下に植えられた下草が花を咲かせて楽しませてくれることだろう。開放的な春が来るのが待ち遠しいこの頃である。

新しい散歩道

ハルと自分の新しい散歩道が出来た。長い間、工事をしていた隣地のSマンション群の工事が最終段階に入ったのだ。ここは、もともとK電力の文化・体育施設があったのだが、約四.六ヘクタールの広大な敷地をS不動産が買い取り、分譲型の高層集合住宅を主とした住居地域として開発している。今まで四棟立ち上がり、現在最終の五棟目に着手した段階である。計画段階から、地域との交渉・要望などは多少あったが、高層すぎることは置いておいて、地上レベルは緑豊かな閑静な都市型住宅地が形成されつつある。半公共企業的なK電力の時から、この地は一般の人々が広い敷地の中を出入り、通過できる自由な風土があったのだが、私的なS不動産の敷地に変わり、どういう風になるのか注目していた。今回、敷地の真ん中を通り、マンション群の間を抜って、通り同志を横断できるマンションの住人以外にも開放された遊歩道が出来たのだ。早速ハルと渡り初めをしてみた。ハルもクンクンと興味深々のようである。高層の建物間をぬうように両脇に植えられた樹木の緑に囲まれて、くねくねした小路が続く。その先には数は少ないがマンションの車が通るプライベートな通路空間と完全に分けるためか、途中で太鼓橋風の立体交差の橋(ハンディキャップ用にきちんと緩やかな階段とスロープもつけられていた)もあり、人々がくつろげる円形に囲まれたベンチゾーンも設けてあった。

表通りの入り口はあまり多くの人が利用をするのをためらわせるかのように、マンションと統一した開放した門が用意されてある。敷地を横断して少しでも早く大通りに出たい人には不向きかもしれないが、近隣に住む人たちには、都会らしさも兼ね備えた格好の散歩道が出来てありがたい。町のマナーを守って、ハルと一緒に丁寧に利用したいと思っている。

マロニエの葉の陰に

朝夕の通例の散歩道の一角に大きなマロニエの木がどっしりと構える場所がある。早朝は近くの小学生、高校生そして保育園児の通学、通園でにぎわう交叉路の横に、わが国ではあまり見かけないコート状に数個の建物を配置した所だ。L型状に四階建てのタウンハウスを設け、片方にはロフト窓付三角屋根を持った店舗を配している。そして、それらに取り囲まれた八X十メートルくらいのタイルを張った中庭スペースの真ん中には、十数メートルの大きさのマロニエの木が植えられている。いつも青々と大きな手の形をした(中には三十センチくらいのもある)葉をつけたその端正な姿は我々のお気に入りだ。というのも中庭奥のタウンハウス一階には、ヨメサンの長年の知り合いのチーズの専門店が居を構え、ハルと散歩の帰りに立ち寄ると必ずご褒美にチーズをひとかけら与えてくれた。実は、この木がマロニエというのはつい最近まで知らなかった。植物図鑑で木の写真と照らし合わせてもなかなか見つからず、どうも正式名称はセイヨウトチノキというらしい。マロニエだと分かったときは、すぐパリの並木道に想像をめぐらせ、より一層愛着の持てるようになった。

秋も過ぎ、冬が近づいてきたので、マロニエの木も大きな紅葉の葉っぱを落し始め、骨格だけになってもやはり美しい幹や枝を見せ始めた。すると枝々の合間から、奥の階段室の外壁の上部に時計塔が現れたではないか。今まで気が付かなかった光景に、「素敵だね」とハルと一緒に、朝の散歩途中、紅葉した大きな五本指の形をした黄色の葉を拾いにマロニエの木の根元に近寄った。     

どんど焼き

初めて校区のどんど焼きに参加した。毎年古い神社のお札や破魔矢は新年のお参りの時に持参して、神社の庭で焼いてもらうのだが、しめ縄や正月の飾りは、外した後一年間家に置いておいてお参りの時に一緒に持っていくのが常だった。と、いうのもどんど焼きの日にちをいつも忘れてしまうのだ。今回は週末のハルとの朝の散歩時に、偶然校区の小学校の校庭でやぐらが組まれているのを見つけたのだった。長い青竹を四本、四角錐状にやぐらに組み、中に二段の焼き物台がつくられている。その上に、各自が持ってきた正月の飾りが乗せられていく。校区の若いお母さんたちがてきぱきと世話をしており、その周りで小学生らしい子供たちがはしゃぎ廻っていた。校区の委員さん、消防団の団員さん、それに他の住民も含めて百人くらいはいるであろうか。そういえば我が子たちが成長してから、校区の催しにはほとんど出たこともなく、なにか新鮮な気がする。今年は一年間、用済みのしめ縄の置き場所に困らないなという安堵感と、この機会に校区の催しに出た多少気恥ずかしい思いに駆られた。

そのうち、長い竿で火がつけられ、飾りたちがパッと燃え上がり、煙がもうもうと立ち込め始めた。この煙を浴びると一年健康に過ごせるとか、煙たさに皆逃げ回っていたが。そうこうしていると、、炎が空に向かってのぼりはじめ、青竹の焼ける「ドン」という大きな音が響き渡った。なるほど、そういうことか。 お世話していただいた皆さん、ありがとうございました

小さな新しい発見

日曜日の晴れた早朝、J緑地公園に新しい上り道を見つけた。表通りからアプローチするとき、通常の山への入り口の少し先に何やら階段が上方に向かっているのがあるのだ。今まではつい気が付かなかったのだが。「ハル、行ってみようか」と、手摺の付いたコンクリート製ではあるが、六十センチ足らずの幅の狭い階段を十数段上がると、そこはもう雑木林の中である。ハルが早速自分の来た印を済ませて周囲のにおいをかぎ始めた。そこから先は、表面がごつごつした岩と土の入り混じった一見階段らしき通り道のみ。もちろん手摺などなく、段差、段幅もまばらで、ところどころ木の根っこが伸びて岩に絡みついている。ハルはひょいひょい、自分は踏み、踏み登り切ったら、そこは開けた空き地手前の山道の最上部であった。「ああ、ここに出るんだ」。空き地を前にして、ハルはもう張り切っている。人影が見えなかったので、リードを外してやると、しばらくは我が周りをうろうろしていたが、そのうち喜んで駆けずり回り始めた。「やはりうれしいんだよね」。

帰りにはいつも上ってくるルートの数十段の階段を降りようとすると、そこにはジャージを着た十数名の近くのFC高校の生徒たちが階段の駆け上がりを練習していた。「おはようございます」。帽子をとってお互い挨拶。気持ちの良い朝の散歩であった。